2017.03.14.
ひたちなか市で蘇る『い賓閣』
徳川光圀といえば、ドラマでおなじみ、かの有名な「水戸黄門」。水戸を代表する藩主でもありますが、同時に儒学を奨励したり、『大日本史』の編纂にかかわるなど、学者肌の人物でもあったといいます。
もちろん将軍だったわけではないのですが、徳川綱吉の時代には長老として政治にもかかわることがあったそうです。ドラマの「水戸黄門」では誇張されていたものの、彼は名君であったとして伝説が語り継がれています。
さて、そんな「水戸黄門」公、実は今のひたちなか市に別邸を構えていたのをご存知ですか?
情報元ソース:茨城新聞クロスアイ
「い賓閣」研究会 光圀の別邸、模型で再現
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170313-00000006-ibaraki-l08
あまり知られていませんが、那珂川河口を見下ろすひたちなかの高台に1698年、光圀公の別邸が建てられました。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170313-00000006-ibaraki-l08
この時はすでに隠居時代ですし、亡くなったのは3年もたたない1701年の1月ですから、あまり有名ではないのも無理はないかもしれません。しかしながら、ひたちなかのこの「い賓閣」はその後「湊御殿」と呼ばれ、歴代の藩主がゲストを迎えて宴席を設けることのできる、今でいう「迎賓館」として約200年ほど使われていたそうです。
ところが、幕末1864年に元治甲子の乱で焼失してしまったのです。
さて、今回このひたちなかの別邸「い賓閣」が模型で甦ることとなりました。製作に10か月を要したこの模型は、2006年に発見された平面図を参考にして精巧な寺社模型として作られました。携わったのは水戸市の建築業者、横山さん(68)。
公開は8月予定ですが、今月2日に復元研究会のメンバーが先立ってご対面したとのことです。コメントを求められた同会会長は、本格復元を目指すと意気込んでいました。
ひたちなかの新しい観光資源となるか。「い賓閣」の宴に江戸の政治ロマンを感じながら見学しに行きたいものです。
執筆:街コミNAVI編集部