



2017.02.10.
筑紫野で7世紀の土塁を発見
21世紀に入り、古代のできごとについて様々なことがわかってきた現在ですが、古代の生活についてはまだまだ発見することが残されているようです。
筑紫野市教育委員会が、筑紫野市の前畑遺跡で、なんと南北500メートルに及ぶ7世紀の土塁を確認したと発表しました。土塁の東が急な斜面、西はゆるやかな斜面となっていて、東から来る敵に備えたとみられています。
情報元ソース:毎日新聞
福岡・筑紫野 大宰府南方に長大な土塁を発見 防衛施設か
http://mainichi.jp/articles/20161129/k00/00m/040/057000c
確認された土塁は九州に置かれた政府の出先機関、「大宰府」から7キロの場所に位置していて、筑紫野市教育委員会は大宰府の南側を守った防衛施設であった可能性があると判断しています。http://mainichi.jp/articles/20161129/k00/00m/040/057000c
これまでは周囲を土塁や山城で囲むことで大宰府を守っていたと考えられていたので、大宰府防衛について新たな観点を持ち込む発見になりそうです。
白村江の戦いで唐と新羅の連合軍に負けてしまった当時の日本は、大宰府の北部に山城、土塁、南部に山城を建造することで防衛を強化したとされています。これまではこれらを含めて土塁で囲む防衛ラインがあったということが考えられてきましたが、実際には発掘されていませんでした。
今回、発掘された土塁は丘の上にあるという初めての特徴があり、筑紫野市教育委員会の小鹿野係長は、学説の検証が必要であると話したそうです。
現在は大型商業施設などが建造されている筑紫野。1000年以上前には、土塁をつくって政府施設である大宰府を防衛する拠点となっていたと考えると、ロマンがありますね。
執筆:街コミNAVI編集部