



2014.11.30.
橿原で新たな遺構が見つかる
先日、発掘調査によって少し面白い遺構が発見されました。
場所は奈良の橿原で 幅15〜20メートルの濠(ほり)跡が見つかったようです。
濠とは、建物(お城)の回りを取り囲む溝で 通常はここに水が入っているんですね。
こうする事で、建物の回りに足場が無くなり 相手が攻めにくくなるんですよ。
情報元ソース:朝日新聞デジタル
信長に降伏の武装都市、濠幅15メートル超 奈良・橿原
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141128-00000006-asahi-soci
さて、橿原で発見された濠は誰が作ったものなのか?と言うと
浄土真宗の門徒によるものだと言われています。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141128-00000006-asahi-soci
この門徒が戦ったのが、あの織田信長で 1570年代に石山本願寺に呼応して信長と対抗した勢力だと見られています。
石山戦争とも言われるこの戦いは 信長が苦戦した相手と言われ、数年に渡って争いを繰り広げていたんですね。
宗教勢力を排除したかった事が信長の目的だったようです。
橿原は、かつて『寺内町(じないまち)』と呼ばれる 自治都市だったようで、このままだと信長に攻め込まれると思い 戦ったのだと思われます。
結果的に、信長軍の明智光秀に攻め入られ 濠も埋められ、降伏したと言われているんですよ。
執筆:街コミNAVI編集部